(ジャーファルさんのキャラが行方不明)













「ジャーファルさん!」


輝かんばかりの笑顔を振り撒きながらこちらに走ってくる少年。一歩あけて止まろうとしたその身体をこちらが一歩踏み込んで抱き留める。そのままぎゅっと抱き締めると、彼は慌てたようにわたわたとおかしな動きを始めた。行き場を迷って中空で舞う手は、やがて観念したように自身の背中におずおずと回される。

「あ、あの」
「なんですか?」
「ぅ、恥ずかしいんですが」
「こうされるの、嫌ですか?」

真っ赤になりながら震える彼に、あえて試すようにそう問い掛けてみる。

「嫌じゃないです!…嫌じゃないです、けど、でも此処」

反射的であろうそう返された答えに満足するが、それでもやっぱり異議申し立てしたいのか彼は場所が問題なのだと頬を膨らませる。
それもそうか。此処は自身の住まうマンションの入り口だ。いつ何時誰が通るか分かったものではない。自分としてはもう少しばかり彼を抱き締めていたいのだが、無粋な邪魔をされるのも、それによって彼にヘソを曲げられるのも御免だ。
渋々彼の身体を解放してエレベーターに向かう。とりあえずさっさと自室に引っ込んで、思う存分彼を可愛がろう。毎回毎回彼に会うたび決意するソレを今日も胸中で唱え、恭しく彼の手を引いていく。




エレベーターの上昇時間をいやに長く感じながら、ようやく辿り着いた部屋。リビングに彼を通し、彼お気に入りのクッションを手渡してやる。「ありがとうございます」とにこにこされると、そんな彼の笑顔につられて思わず自身の口角も上がる。彼の笑顔は伝染する愛しさだ。

「アリババくん」

さ、もう気兼ねすることも気掛かることもないだろうと両手を差し伸ばす。そうすると彼はまた頬に赤みを上らせ、ぎゅうとクッションを両手で胸に抱き込んで。嗚呼そんな可愛らしい動作を目の前でしないで下さいよいえ嘘です思う存分やって下さい目の保養ですけれどどうかそういうのは私の前だけでお願いします。つらつらと一瞬で頭の中を駆け巡る言葉の羅列。もうこれは癖のようなものだ。たぶん一生治らない幸せな病だ。
さあさあと腕を伸ばしたままでいると、やがて決心したようにクッションを放り出して胸の中に飛び込んできた。

「ジャーファルさんてずるいですよね」

うううと小さく唸りながら告げられた言葉に首を傾げると、どこか恨みがましいような目が見上げてきた。上目遣いありがとうございますと口には出さずにお礼をして、ひとつ頷く。

「ずるい、ですか?」

さてどういうことでしょうと笑うと、そういうところが…と彼は瞳を僅かに潤ませる。

「ジャーファルさん、全部分かってやってるでしょう」

ぜんぶぜんぶ、どうすればいいかとか。
そうして俺がどんな風に動くかとか…あなたには全部。
きっと。

「ずるい、です」

いつだっていつだって。
俺だってあなたに並び立ちたいのに。
だけど俺があなたに敵うわけがない。

「どうせ俺はまだまだ子どもで…でも、」

俺だって。
こんなにジャーファルさんのことがすきなのに。
ずるいです。




「………」
「?ジャーファルさ」
「君は、もう、」

ああ怖い怖いこれで天然ですかこれは天然ですかいえ例え計算でも喜んでつられてやりますけどね?そもそもどうしたらこんなに可愛らしい天然培養純粋生物が誕生するんですか奇跡ですかそうですかアリババくんをこの世に生みおとして下さってありがとうございますアリババくんの父君母君。
一瞬本気で動きそうになった自身の両手を無理矢理落ち付かせる。思考をあらゆる言葉で埋め尽くすことで何とか冷静さを取り戻し、跳ね上がった鼓動をそうとは気付かれぬよう呼吸を繰り返して常を思い出す。

(私の気持ちも知らないで)

知らないでしょう?いつだって大敗を喫しているのは私の方だと。どれだけ…どれだけ余裕がないか。



近くに居て、もっと近付いて、
出来ることならば綻ぶその笑顔…ひとつでいいですから、私だけにしか見せないものを下さい



「降参です」
「え?」
「とりあえず今日は泊まって行って下さいね」
「え!?」
「異論はききませんよ」
「や、あの、でも」
「もう」

黙って。
つつましやかな唇を自分のソレで塞ぐ。溢れるほどの愛を吹き込んであげます。息もつかせぬほどの愛を。

だからこれは、二人だけの秘密。







iしてる / KOKIA